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■バスケットボール・クリニック・フィロソフィー
文責: 出町 一郎
まず、一つ目はナショナル・チーム(全日本)が強くなってほしい、ということです。 アトランタ・オリンピックでは女子は入賞しましたが、男子はここしばらくの間、オリンピックに出場さえしていません。
昨年(1998年)に久しぶりに世界選手権に出場したという明るい話題はあるものの、世界的に見ると、まだまだ力不足と言えるでしょう。
この原因はどこにあるのでしょうか。いくつか考えられると思いますが、わたくし(出町)は、ファンダメンタル(基礎、基本)がその一つであると考えています。
ここでいう基礎(基本)は、初歩という意味ではありません。初歩というのは、ボールの持ち方であるとか、そういったことを指し、基礎というのは、
トリプルスレットやクロスオーバー、スクリーンのかけ方などを指します。
例えば、日本のトップ・リーグであるJBL(バスケットボール日本リーグ)の選手を見ても、ここでいうファンダメンタルができていない選手が見受けられます。
そうした選手がいる場合、コーチは実業団にもなってから、teachingに多くの時間を割かなければなりません。 実業団ともなれば、本来ならばコーチはcoachingにほぼ専念してもいいはずですが、現状はそうではないようです。大学までに、
飛ぶとか走るといった運動能力のみに頼ったバスケットのスタイルのつけが表れているのではないでしょうか。
ファンダメンタルというのはいつすべきなのでしょうか。サッカーではゴールデン・エイジという考え方があって、
9-12歳のときに基本技術をしっかり学ばせることが重要である、ということが常識になっていると言っていいでしょう。 バスケットボールでこのゴールデン・エイジに相当する時期はいつかははっきりしませんが、若い時期であることは確かだと思います。
スポーツ科学の分野でも、スポーツ種目における年少時の基本的動作の習得の重要性は指摘されています1)。 ですから、特に児童・生徒・学生の選手にはファンダメンタルについて、実践し、考える機会が必要だと思うのです。
そうすることによって、大学や実業団の指導者がもっとcoachingに力を注げる環境ができればいいなと思っています。
実際問題として、全てのバスケットボール・プレイヤーが全日本に入れるわけではありませんし、
それどころか日本リーグでプレイすることができる選手も全体から見るとほんの一握りです。 ですが、例えば日本リーグのチームに入れなかったとしても、バスケットボールをすることはできるわけです。
にもかかわらず、現状では学校を卒業してしまうと、プレイすることが極端に少なくなってしまうようです。 就職してしまうとなかなか時間がとれないこともあると思いますが、バスケットボールをするのは非常に体力がいるという考えがあるのではないでしょうか。
おそらく、学校時代にやったバスケットボールは、走ることを中心としたハードな練習が主で、試合に勝つのも体力の差で勝った印象が強いのではないでしょうか。
競技特性上そういった面があるのは否定しませんが、それだけではないのです。
もちろん、バスケットボールをするにはある程度の体力はいります。 ですが、体力がなくてもないなりの、そして年齢を重ねると、重ねたなりの楽しみ方があるのがバスケットボールだと思います。
ここでも、ファンダメンタルが生きてくるのです。もし、若いときにファンダメンタルをしっかりやっておけば、相当長い間バスケットボールを楽しめるでしょう。
僕は50歳までプレイしようと思っていますが、ファンダメンタルを学べば誰でもできると思っています。 これが、2つ目のフィロソフィーの、バスケットボールをもっと楽しんでほしい、ということです。
そして3つ目は特に今チームに所属している人、中でも若い世代に関係するのですが、複数の指導者に接することの重要性です。
日本の多くの場合、中学校なら中学校、高校なら高校で一人の先生に教わります。 しかも、今だに「俺のいうことだけ黙って聞いてりゃいいんだ」という威圧的な(考え方の)指導者も少なくないようです。
こうした場合、選手はその先生が絶対であると盲目的に信じ、考えることをせずにずプレイする習慣が身につきます。 そうした選手が進学して別な先生に習うとします。そうすると、全く同じバスケットではないわけですから、選手は非常にとまどいます。
ひどい場合には、「この先生と合わない」といって辞めてしまうことでしょう。
よく考えてみるとアタリマエなのですが、バスケットボールに対する考え方は、コーチの数だけあると言っていいでしょう。
無数にあるわけです。バスケットボールに絶対の正解はないのです。逆に全てが正解という言い方もできるでしょう。 大事なことは、指導者が選手に対して、世の中にはバスケットボールに対して色々な考え方があって、
その中で自分はこういう考えのもとにこういう指導をしている、ということを理解させることではないでしょうか。 何も、指導者の言うことを聞くなといっているわけではありません。このような相対的なものの見方によって、選手は指導者の考え方の位置づけを知り、より指導者の理念を理解するでしょう。
また、この考え方はその後もずっと彼(女)にとって有益でしょう。そういう見方を体得させるのにクリニックは最適なのです。
従って、クリニックでは「僕はこう考える」という内容を示すわけですから、こちらが一方的に”教える”のではなく、ともに「考える」場にしたいと思っています。
そして、これはフィロソフィーではなく、クリニックの結果なのですが、指導者・選手との交流ができるという利点があります。
何度か聞いたことがあるのですが、バスケットボールの指導がもっとうまくなりたい、チームを強くしたい、選手をもっと上手にしてあげたい、
という熱い気持ちがあるけれども、勉強する機会や情報交換する機会が少ないと思っておられる方がいるようです。 また、バスケットボールが好きで上手になりたいのだけれども、身近に適当な指導者がおらず困っている人もいるようです。
クリニックをすることによってそうした人と交流し、橋渡しすることができると思っています。実際、僕も色々な先生・選手と話ができるということを楽しみにしています。
1)宮下充正「子どものからだ」東京大学出版会、1980年(例えば、p162-163など)
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