【スペイン編 4】
4.リッキー・ルビオはいかにして生まれたか 〜アル・マズノウ・バスケットボール〜
アル・マズノウはスペインのカタルーニャ州にある人口2万人強の町である。バルセロナ市の北東方面にある。ヨットハーバーやキャンプ場が海沿いに見渡せる、地中海に面したのどかな町である。ここにあるクラブが「アル・マズノウ・バスケットボール」(以下マズノウクラブと記す)である。このクラブのトップチームはACB(スペイン1部リーグ)はおろか2部や3部リーグにも所属していない。そもそもこのトップチームはプロフェッショナルではなくアマチュアである。ではなぜこのクラブを取り上げるかというと、リッキー・ルビオ選手が人生で最初に入会したバスケットボールクラブだからである。
リッキー・ルビオ選手はスペイン代表選手であり、2011年以降はNBAのチームと契約している。近年では2019年のワールドカップにスペイン代表として出場し、同国を優勝に導き、MVPに選出された。プロ選手としてのキャリアはスペインで始まったが、最初にACB(スペイン1部リーグ)のクラブと契約したのはなんと14歳のときであった。ヨーロッパでももっともレベルが高いリーグの一つであるスペイン1部リーグで当時最年少記録の14歳で契約した選手を生んだクラブを視察したわけである。
マズノウクラブはスペインや他の欧州諸国のクラブと同様トップチームとそれに準ずるチーム、そして育成組織から編成される。トップチームは男女それぞれあり、さらにU―21のチームがある。トップチームは各シーズンの選手の状況により女子が2チームあったり、U−21チームは女子だけ編成されることもある。育成組織の方は、U―18、U―16、U―15、U―14、U―13、U―12、U―10、U―9というような構成が原則となる。男女ともチームが設置されている。部員が少ない年はさらに2学年をまとめて一チームとして練習する。さらにこの下に5〜7歳を対象にしたバスケットボール・スクールがある。
トップチーム(含むU―21チーム)の方の活動は、週3回の練習に加えて原則週1回のゲームというスケジュールになっている。練習時間は1回あたり1時間30分が原則である。育成組織の方は練習の頻度は週3回が原則である。U―12女子、U―9男子など低年齢の一部のチームは練習は週2回である。これとは別に原則として週1回のゲームがホームアンドアウェイで行われる。練習時間はほとんどが1回1時間でU―18男子など一部のチームが週1回ほど1時間30分の練習時間が確保されている。5〜7歳のバスケットボール・スクールの方の練習は週2回行われ1回あたり1時間の活動である。U―12から下の年齢ではゴールを低くして練習している。バスケットボール・スクールからU―18までは活動費として所定の額を月謝あるいは部費のような形で納めている。シーズンは9月〜6月までの10ヶ月である。スクールを含めた育成組織のチームは、非常に多くの希望者が来たというような特別な場合を除きセレクション(トライアウト)は行わず、通常は希望者はできるだけ受け入れるようにしているという。
マズノウクラブは郊外にあるクラブということもあって運営は手弁当に近い形で行われており、平日は夕方になると各々の別な仕事を終えたスタッフが少しずつ集まってきて準備を始める。練習開始は17時30分で、この時間は低年齢のチームまたはスクールが主である。その後、少しずつ年齢が上のチームが練習していくという形が原則として取られている。土日のホームゲームは朝から行われることもある。
マズノウクラブのホームアリーナは公共の施設を借りている。コートが3面取れる大きさで、地元のサッカークラブと共同で使用している。平日は夕方以降に関しては、月曜・水曜・金曜がバスケットボール優先で、火曜・木曜がサッカークラブが優先となっている。土曜日は午前中がバスケットボールの試合で午後がサッカーの試合が行われることが多く、日曜日はたいていサッカーの試合だが、たまにバスケットボールの方のホームゲームが行われることもある。また、アリーナの使用料は無料にしてもらっているとのことである。
マズノウクラブはテクニカルディレクターが1人、コーチが20人で、約250人の子どもを教えている。組織を運営するスタッフはこの他に約20人いる。マズノウクラブの仕事のみで生活しているスタッフはコーチを含め一人もおらず、無給もしくは少額の謝礼で手伝いをするという形である。ここでこの小さな町でのクラブ運営・選手育成をより詳しく知るためにマズノウクラブのプレジデント(当時)のリカルド・プラナ氏にインタビューを行った。以下がその内容である。
「育成組織の指導・運営に関し大事にしていることは子どもが良い時間を過ごすこと、つまり楽しむことです。技術的には個人スキルからチームプレイへという風に段階を踏んだり、あるいはそれぞれの技術やドリルをしっかり練習するということが重要だと考えています。そして大事なことがもう一つあります。われわれのような小さな町のスモールクラブは選手を育てるだけではなく、コーチも育てていかなくてはいけないのです。これはクラブが今後も継続していくためにはとても重要なことです。
われわれは1チームに1人ずつヘッドコーチをつけています。この他にアシスタントコーチをつけています。このアシスタントコーチは主として若い人で、彼らはただ単に教えるだけではなく、次のシーズン以降に向けて勉強したり、経験を積んだり、あるいは資格を取ったりするという目的も持っています。そしてこのアシスタントコーチは選手を兼任していることもあります。つまり例えば、U―18のチームに所属する17歳の選手がU―12チームのアシスタントコーチをしていることも実際にあるのです。このように育成組織を含め選手がコーチを兼任する、というスタイルはマズノウクラブでは珍しくありません。われわれは選手の中でコーチに向いていると思われる選手には話しをしてアシスタントコーチにするようにしています。
全てのコーチはクラブマネージャーに対して毎回レポートを提出することが義務付けられています。指導の水準を保つため、そしてコーチの成長のためです。アシスタントコーチを経験したあとで、ヘッドコーチになれそうな人は昇格させます。」
育成組織のアシスタントコーチは14〜15歳の選手もなることができ、ヘッドコーチは若くても16歳以上にしているという。最後にマズノウクラブには、リッキー・ルビオ選手のような素晴らしい選手を育てられるような何か秘訣があるのか、ということを少し冗談めかして聞いてみたところ、プラナ氏は笑いながら答えた。
「特別な秘密はありません。彼はわれわれのクラブそしてわれわれの町の誇りですが、彼をわれわれが育てたと言うより、彼には才能があったと思っています。われわれは子どもが楽しむこと、そして基本をしっかり練習することを意識しているだけです」
写真 マズノウクラブの育成組織の公式戦の様子
*ここから第2のリッキー・ルビオが生まれるのかもしれません。
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文責:出町 一郎(でまち・いちろう)
[バスケットボール研究者・バスケットボールコーチ・大学講師]
●東京大学大学院博士課程出身(スポーツ科学,教育学)
● 元プロバスケットボールチームコーチ
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